2012年1月16日月曜日

苅谷剛彦「『小さな政府』に高等教育は可能か -イギリスから見た日本の大学の問題点-」

今月の「中央公論」に寄せられた、苅谷先生(教育社会学)の寄稿。教育を市場原理に任せきることは近い将来の「合理的な選択」は生み出すが、中長期的には必ずしも望ましい結果にはつながらない。教育のような中長期的な営みであれば、その弊害はさらに強まる。

知的にしか解決できない課題に直面する中で、大学になし得ることが多くあるとする。このとき、社会に貢献するために大学人に求められる「知性」とはどのようなものであろうか?深く考えさせられる。

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(以下引用)

…だから、大学教育だけを嘆いても始まらない。公的資金を最小限にした「小さな政府」にしておいて市場に任せれば、現状の大学教育市場、人材形成市場を前提にした合理的な選択がとられるのが前提である。変えるためのインセンティブがないのだから、その構造が大きく変わるまで、少数の先端事例を除けば、じり貧になりつつも現状が続くのだろう。あるいは企業を含め日本全体が、全体としてみればマイナスを生み続けている、その不合理さから集合的に脱することができるのか。

大学になし得ること、やるべきことは山積している。日本も世界も、知的にしか解決できない課題に直面しているからだ。問われているのは、日本という社会そのものである。

(苅谷剛彦「『小さな政府』に高等教育は可能か -イギリスから見た日本の大学の問題点-」中央公論 2012.2)
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※2012.1.16
苅谷先生のお名前を誤記しており、訂正致しました。